森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、一人の人物の足跡を伝えるために開設されたものではない。
もちろん、資料館に残されている膨大な記録の多くは、岡崎哲夫とその家族が、被害児救済運動の中で残したものである。しかし、この資料館の主な目的は、父や家族を功労者として描くことではない。
むしろ、歴史の中で起きた対立、失敗、苦悩、そして排除の過程を含めて、何が起きたのかを記録し、検証することにある。
家族が粛清された。
ではなぜ粛清される状況が生み出されたのか。その状況にはどんな勢力が関与したのか。そこに至る制度的欠陥は何か? それを防ぐことはできなかったのか。なぜできなかったのか……検証すべきことは山ほどある。
家族にとって、自分の両親や兄弟が血と汗の結晶を注いた運動の中から、屈辱的な仕打ちをうけながら排除された歴史を公にすることは、決して容易なことではない。
しかし、歴史を検証するとは、不正な力を行使して支配を遂げた側の説明を受け入れることではない。
なぜ、その人は排除されることになったのか。
どのような力が働いたのか。
その過程で、誰の声が失われたのか。
そこに向き合わなければ、歴史は単なる「個人を抹殺した権力を正当化する物語」になってしまう。
資料館が残そうとしているものは何か?
事件の中で声を上げた人々、苦しみながら闘った人々、そして十分に記録されることのなかった人々の存在を、不正な行いをした企業や国、それに手を貸した者たちの実態を、歴史の中に残すことである。同じことをするな、というためだ。
資料館開設の背景には、もう一つ大きな理由がある。
事件から長い年月が経過した後も、重症被害者の声や尊厳が十分に受け止められていないと感じる状況が存在した。
被害を受けた人々の経験や苦しみが、別の物語によって上書きされていく。その状況を前にして、資料をただ保存しているだけでは不十分であると考えるに至った。
歴史は、記録を残す者がいなければ、後から作られた物語によって形を変えられてしまう。
だからこそ、残された一次資料を公開し、何が起きたのか、何が現在も問われ続けているのかを検証する必要がある。
人間の尊厳とは何か。
被害を受けた人の声は守られているのか。
歴史は本当に正しく伝えられているのか。
その問いを未来へ残すために、資料館は存在している。
以上
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1.WHO [世界保健機関] 搾取的粉ミルクマーケティングの衝撃的レポート [1] [2] [3] / WHOが乳幼児食品業界に対し搾取的粉ミルクマーケティングの中止を要求 [1] 粉ミルクとタバコは、国際的な販売禁止の勧告がある唯一の二つの製品である [ 2 ] [3] / 2.United Nations University Press [国際連合大学出版] 技術と産業公害> 森永ヒ素ミルク中毒事件 [English Version] [1] /3.Report of Morinaga Arsenic Milk Poisoning Incident [English Version] [1] [2]
©森永ヒ素ミルク中毒事件資料館
©Museum of Morinaga Arsenic Milk Poisoning Incident