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資料館は2010年にウェブサイトを立ち上げ内外で数百本の記事を発表しました。

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記事タイトル

戦後初の御用医師:西沢義人教授(阪大)の悪魔な放言 「森永は被害者、森永は責任を十分果たしており、その処置には好感。補償は国がすべき」…

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「(財)ひかり協会」職員たちの差別暴言【全文公開】─「文句いうなら不自由な体をもっと動かんようにしたろか」「あんた一人おってもおらんでも困らん」「手が出とるぞ」…

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森永ヒ素ミルク中毒事件資料館  岡崎久弥

森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 岡崎久弥

2025年6月27日 22:14

<仮名処理済みにつき、文末pdfダウンロード自由>

「私への ひかり協会職員の 暴言の数かず」     弁護士会及び、大阪地裁へ提出済み

 職員O 職員A 職員K 職員M らの発言

 これは森永ヒ素ミルク中毒事件の重症被害者・山本明子(仮名 岡山市在住)さんの書いた手記。
 1994年頃から「財団法人ひかり協会」の事務所の職員4名から受けた長期間にわたる差別暴言を記録したものである。

 明子さんの父親が、岡山市のルポライター・能瀬英太郎氏の存在を知り、彼のもとへ相談に来た。能瀬氏は無償奉仕で裏付けをとり、文字化して岡山弁護士会への申し立ての手続き一切を担ったとのことだ。

 この記録は、2003年、岡山弁護士会人権擁護委員会へ提出された証拠文書(提出時は実名)で、能瀬氏が、ご本人の承諾を得てわかりやすくするために、最小限の字句の訂正を加えた。
 なお申立人は実父であるから弁護士会の審判の結果は実父に伝えられる。だが奇妙なことに、結果は、未だに能瀬氏には知らされないままだという。

三つのことがわかる。
❶明るみになるまで10年もの歳月を要したこと。
❷「ひかり協会」による被害者への「相談業務」に名を借りた強圧支配。
❸泣き寝入りの被害者の多さと封殺の手法。

 参照資料:森永の裏金工作(受領した遺族が裏金だと証言)

岡山メディアは一行も報じず

 見出しを付けた。岡山弁の頻出で読みにくいが、忠実な再現証拠のため御理解願いたい。このnoteテキスト版には、方言部分に<>と※印で解説をつけた。(文末にPDF DL Free)
 2022年から係争中の大阪訴訟でも障害者権利条約の順守を求める意見と共に証拠提出されている。おそらく我が国の過去最大級の障害者差別暴言だ。

70年代から変質した「ひかり協会」の本音が露呈


 発言は究極的に汚いが、複数名による暴言は、特異な個人の不規則発言ではない。岡山事務所だけで、4人が実行している。
 汚い表現を度外視して、冷静に内容を検討すると「ひかり協会」の考え方を、網羅的に反映している。
 おそらく、日常的に内部でささやかれていたことが、重症被害者を見下している中で一気に出たと思われる。だが4人ともなると、もはや「公式見解」に近い。その証拠に「協会」が口止めをしている。
 この、ひかり協会のやり方は、他県でも同様であることは各種の報道、雑誌記事でも公知の事実である。救済の有名無実化を批判する重症被害女性の父親の批判を封じ込め、その口止めを、森永乳業の幹部と共に画策している事実は大阪地方裁判所に提出されている。

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 全文、公開する。

森永ヒ素ミルク事件、重症被害女性の手記

<br style="background-repeat: no-repeat; box-sizing: inherit; padding: 0px; margin: 0px; border: 0px solid;">2003年岡山弁護士会人権擁護委員会へ提出された証拠文書(提出時は実名)<br style="background-repeat: no-repeat; box-sizing: inherit; padding: 0px; margin: 0px; border: 0px solid;">2022年からの大阪訴訟における提出済み証拠文書<br style="background-repeat: no-repeat; box-sizing: inherit; padding: 0px; margin: 0px; border: 0px solid;">『私へのひかり協会職員の暴言の数かず』


 「公益財団法人ひかり協会」の理事長は、「森永は十分やってくれている。ヒ素ミルクを飲んで良かったという被害者もいる」とメディアや法廷で呪文のように言い続ける。このような所業を続けながらである。もはや、「第二森永乳業」と化している。

 法廷での態度をみても、なんとも思っていない。大船に乗った気でいる。

 それもそのはず。こんな凄惨な差別の事実には一切知らないふりをして「協会」を礼賛報道するメディアが全国にたくさんいる。
 被害者が死ぬまでこの言動や画策を続けるだろうし、事実、かれらはそう言っている。

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「施設に放りこむ」と脅す政策


 例えば「施設に放り込んでやる」という暴言も、他の証言者から同様の裏付けが得られている。
 この尾篭な文章を読まれる方も辛い気持ちになるだろうが最後まで我慢して読み通してほしい。
 これが1974年の発足後、短期間のうちに様々な工作によって変質し、森永乳業への忖度を続けている「救済基金」の実態である。

この社会は、何度、被害者を叩いたら気が済むのか?

森永ヒ素ミルクのモノ言えぬ被害者八重苦

 森永ヒ素ミルク中毒事件の重症被害者は、
❶赤ん坊の時にヒ素を無理やり飲まされることにより殺され、
❷生き延びても後遺症による障害で叩かれ(人生をはかなんで自殺した者や、重篤化した後遺症で他界したものを含む)
❸森永の代理人となった国・厚生省による後遺症封殺政策で、医療ケアから排除されることで満足な治療さえできずに放置され
❹社会的黙殺で被害の存在そのものをかき消されることで人格を侵犯され
❺社会的差別で、家族までが叩かれ、
❻「民主集中制」勢力の支配下で、森永への抗議もできず、不利益変更の強行にも、モノ言えず、言えばこのように人権侵害の言葉の暴力で叩かれ、
❼「加害企業への感謝」「ヒ素ミルクを飲んでよかった」などという言説を受け入れるよう要求されることで、人間としての基本的尊厳を奪われ
❽被害者を叩くものを持ち上げて、広告にありつかんとする「一部メディア」のもとで、「抵抗の声さえ社会からかき消され」ている。

 市民が、何らかの被害者になったら受ける可能性のある、日本社会の理不尽である。

 ↓ダウンロード&転載、自由

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森永ヒ素ミルク中毒事件資料館  岡崎久弥

森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 岡崎久弥

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1955年、原乳の腐敗を隠すため産廃由来のヒ素混入物質を投入した森永乳業の粉ミルクで130人以上の乳児死亡、1万3千人の患者。反省なき森永は国を使って20年に亘り救済運動を弾圧。不買運動で倒産寸前となった森永は渋々救済案に応じるが、以降も不正な工作を続け2022年再び提訴された。

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https://note.com/no_more_morinaga/n/n211eb813fa0a