記事テキストアーカイヴ
ここには外部サイトに発表した記事をテキストベースで保管しています。
資料館は2010年にウェブサイトを立ち上げ内外で数百本の記事を発表しました。
ただ分散し旧サイト設計では読みづらく皆さまにご不便をおかけしてきました。
新サイトでは集中管理すべく再度まとめていきます。
文字データの保管を優先していますので記事により一部体裁が崩れる場合があります。あらかじめご了承下さい。
記事タイトル

32
2025年5月28日 20:06
松崎社長と河井専務のご指示のもとで励む宣伝
以下の1967年の対談は「その1」の冒頭部分であり、繰り返しになるが「1955年の森永ヒ素ミルク中毒事件発生以降の被害児家族の救済運動を圧殺したことを自覚しながら書いている」ものである。
ここには、新井静一郎が森永製菓の松崎社長などに言及する。森永の松崎社長といえば、みなさんよくご存じの家系だ。
「その1」の項でも「宣伝」の偉大な効果を誇る新井静一郎(元森永社員で1967年の対談当時「電通」常務取締役)が、ここでも早々と登場する。
たんたんと語られる座談会だが、様々な手段で母親と消費者を誘導する手法を披歴している。これらがまた、いちいち、事件とその圧殺の手法に重なっているところが空恐ろしい。ただ、言うまでもないが、事件の真相に係るほとんどのことは「語られていない」し、今も語っていない。大量殺人をした企業が、なぜ真相を語らずに、そのまま営業活動が再開でき、繁栄を続けることができるのか? 組織犯罪はやり得なのか? それを保障しているかのような日本の司法制度は、私には未だに理解ができない。
医師の権威をつかった「粉ミルク」の販売促進
法医学の医師に小児科の看板をださせて育児相談をさせる…、森永自身が「破天荒」だというのだから、世話ない。乳児毒殺に比べると、この程度のことは、もはや面白半分で語れるネタだということか。
だが、この「やりかた」とは、かみ砕けば、医師の肩書を利用して粉ミルクを宣伝させ、販売促進に利用するという手法だ。「権威」をつかった世論の操縦がいかに効果的かを、この会社は、よく知っている。いまでは、健康食品や機能性表示食品などで、医師を使うことは常態化しているが、この草分けが、森永であるというわけである。
じっさいこれが、ドライミルクによる被害が拡大した背景にある。さらに森永ヒ素ミルク中毒事件の封殺にも医者を有効活用したことをよく自覚した上で、自画自賛している。少々長い拙文であるが、「事件解説」の項で森永事件の概要を知られた方々には、ここで語られる内容の本質、今現在にいたるまで続く問題の本質が何か、おわかりになろう。
粉ミルクメーカーの「育児相談」
粉ミルクの販売を目的とした育児相談は、森永が開発したと自慢している。ちなみに、当資料館は、2010年頃、全国チェーンのベビー用品専門店Nの壁に、粉ミルクメーカーが担当している「育児相談会」のポスターが貼ってあるとの報告を市民からうけている。粉ミルクの販売促進のための「育児相談」がいまだに行われている。
対談はさらに熱を帯びていく…
チップで応援する
すべてのタグを表示
32
フォロー
1955年、原乳の腐敗を隠すため産廃由来のヒ素混入物質を投入した森永乳業の粉ミルクで130人以上の乳児死亡、1万3千人の患者。反省なき森永は国を使って20年に亘り救済運動を弾圧。不買運動で倒産寸前となった森永は渋々救済案に応じるが、以降も不正な工作を続け2022年再び提訴された。
32
森永と電通ー悪魔の対談 その2 「小児科の看板を掲げた法医学」の医師を使って育児相談など破天荒なことやりました…。|森永ヒ素ミルク中毒事件資料館 岡崎久弥
https://note.com/no_more_morinaga/n/nd83f5832e295