2024年06月16日
2024年5月25日
森永ヒ素ミルク中毒事件資料館:岡崎久弥
「死ね」「寝るな」「帰れ」、人格否定の暴言の数々
12年前の2012年7月25日に、岡山県立岡山操山高校の野球部員の生徒が、同校の野球部監督S氏の暴言と威圧行為で自殺に追い込まれた事件をご記憶の方は多いだろう。
S監督は、日ごろから野球部員に対して、「死ね」「寝るな」「帰れ」など精神的に追い詰める発言をしており、挙句は、パイプ椅子を振り上げて恫喝する、到底捕球できない場所にノックの球を打つ、試合に敗けたら長距離ランニングを強いる、などの激しい叱責や「体罰相当」のパワハラ行為を続けていた。被害生徒に対しては、「帰れ」「いらんわ、お前なんか」と存在を否定するような究極的な言い方で怒鳴ったり、プレー中にミスをすると部員の前で「ルールを知らん三塁じゃ」と侮蔑的にののしるなどしており、生徒は「もう耐えられない」と野球部を退部。だが野球部の同級生からの誘いで、不在となったマネージャーとして再入部したところ、S監督は「一回辞めたんじゃから覚悟はできとるんじゃろうな」という脅しから始まり、熱中症の部員が出ていること(熱中症の発生は監督の責任である)に腹を立てたためか生徒にパワハラを集中。猛暑の中でも「存在価値がない」という暴言、詰問、怒鳴りを続けた。憔悴しきった生徒は、2012年7月25日18時30分ころ自宅に帰ったあと再び外出し、自死した。
なにも解決していない「操山高校野球部員自殺事件」
多くの県民は、メディアがほとんど報じないこととも相まって、この問題はおおむね解決したと思っているのかもしれない。他方、ほんとかな?と疑問を抱いている市民も実は多い。
その通り。12年たっても、何も解決していない。
こう書くと「闇に葬られた事件」のようにイメージするかもしれない。だがそれも違う。すでに全国媒体で何度も報じられ、秀逸なレポートがオンライン上で公開されている。以下ご参照。
東洋経済オンライン「野球部監督の叱責で16歳少年が自殺、遺族の訴え なぜ彼は死を選び、両親は9年後の今も闘うか」
https://toyokeizai.net/articles/-/438134
朝日新聞 「息子の自殺から報告まで8年…両親『力尽きるのを待っていたのか』」
https://www.asahi.com/articles/ASQDH5FD5QCQPTIL00D.html
ここまで事情が公開されても、県教委やS監督には真摯な自省心が欠落し、遺族の意見を組織力ではぐらかし続け、被害者軽視、遺族軽視の姿勢をとり続けている。にわかに信じ難い、この事実こそが真の問題かもしれない。
以下、上記の記事とできるだけ重複しない部分を紹介したいと思う。
真摯な謝罪を未だしていない加害者
加害者であるこの野球部監督のS氏は事件発生後、被害者家族に対して、真摯な謝罪をしていない。加害教師の行為をごまかして曖昧化しようとした当時の学校長、そして当時の教育長も未だに真摯な謝罪をしていない。
事件の翌年、2013年の夏に、遺族に寄り添うPTA役員などの尽力で、わざわざ「謝罪の場」を加害者側に提供したにもかかわらず、S監督はその場で「逆切れ」し、校長※が制止する有り様であった。(※事件当時の責任者である校長は2013年3月末で退職しており、ここでの「校長」は4月に着任した新校長のこと)
遺族が要望し続けた調査のための第三者委員会を県教委がしぶしぶ立ち上げたのは2018年で、事件発生から6年もたってからだった。それから報告書が発表されるまでさらに3年を要した。発表されたのは2021年3月、事件から実に、8年8ヶ月後のことである。
狂気のザディズム
しかし、あまりに明白な事実は隠しようがなく、報告書ではS監督のおぞましい暴力的言辞と、さらに準暴力とも言えるもの、つまり標的とされた被害生徒に対するえげつないほどのパワハラ行為の数々が公開されている。
https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/914102_8740852_misc.pdf
https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/914102_8740854_misc.pdf
読み進むと、耐えられなくなる。この被害生徒は、本当に野球が好きで、根性がある。S監督からどれだけいじめ抜かれても、野球に復帰したく、最後はマネージャーとして戻り、熱中症の危険(これも指導者の責任である)のなかで部員のケガの介抱などを必死で献身的に行っていた。生徒は我慢強く、心優しく、それ故に教師の権威に抵抗できずに、S監督の勝手気ままな狂気のザディズムの餌食として犠牲になった。あまりに痛ましい。S監督は、生徒がマネージャーで復部したときに「もう辞められないぞ」と言いながら生徒を徹底的に追い詰めた。マネージャーが生徒には無理だと思っていたのなら、その一言は絶対に必要ない。だがS監督は、生徒の退路を敢えて絶ち、精神的拷問を加え続けている。「パワハラ」という四文字では容易に理解できない所業だ。
加害者の「だんまり」で救命チャンスも喪失
生徒が行方不明になった日、母親の要請に対して、監督の教師は捜索に参加した。だが、S監督はその日、野球部で起こったことを母親に説明していない。翌日も要請に対してS監督は捜索に参加していたが、父親と同行した数時間、一言も口をきかなかったという。S監督の素直な告白があれば、捜索先等が変わり、まだ生きている生徒を発見できたかもしれないと考える人もいるし、遺族もそう考えている。
遺族はお盆明けに、生前の生徒の様子を知りたいと学校側へ連絡をしたが、学校側から、その説明はなく、第三者による調査を要請したが、それも退けられた。学校側は、遺族への手法の説明をせずに、「教員による聞き取り」にしたが、迅速性もなく、間違いも多く、稚拙で情報に乏しいものだった。
遺族は、学校側からその調査の報告を4回聞いたが、最初から最後まで情報量は増えることなく、ほぼ同じ内容であった。その「教員」とは、後に、S監督本人であったと遺族は聞かされた。
遺族が独自に調査開始
説明もなく、弔問の生徒を待ち続けるも誰もやってこない、深い孤独の中で、遺族は独自の調査を開始した。そこで遺族は以下のような驚くべき実態を知る。
1.自死の原因が野球部監督のパワハラを含む「不適切な指導」であること。
2.「絶対に弔問に行かない」旨の指示を学校がしていたこと。
3.野球部が数日間の休止期間を経てこれまで通りの体制で活動していること。
4.学校の不手際で生徒のプライバシー保護がなされていないこと。
5.教員から外進者や野球部員への差別的な発言があったこと。
1.は主題であり、既報では明らかだが、学校も県教委も隠蔽しているなか、最初に遺族の努力で把握された。この事実こそ、もっとも重い。さらに不審な一例として2.の事情をみてみる。
遺族の悲嘆の声を悪用してまで、真相究明を妨害?
自死後、学校側は生徒に対して「絶対に(遺族宅への)弔問に行かない」よう指示をしていた。遺族からしても(私たちにも)理解不能なこの「指示」は、学校側から言わせると「遺族の要望に従ったのだ」としている。だが詳しく見ると、以下のような「仕掛け」ともいえる背景があった。
遺族が残された時間を大切に過ごすため「家族葬」(一部同級生も参加してくれた)をしているなか、学校側から「葬儀後に何回もの弔問は応対が大変でしょうから、自宅へクラス単位で弔問に行きたい」との連絡があった。突然の悲劇に打ちひしがれていた遺族は、ご近所への説明も十分でない等、様々な制約条件から「一度に大人数での弔問は困ります」と返答した。つまり、自殺の原因すらわからず絶望感の中にいる遺族の発言の「言葉尻を捕まえる」形で、学校側は生徒の個人的弔問までをも「絶対禁止」にしたのであった。(ちなみに遺族の「家族葬」は、学校側によって「密葬」と言い換えられている)
学校側からの「絶対に弔問に行かない(ように)」の指示により、被害生徒と親しかった生徒達の心が傷ついていたことも後日判明した。友人の訪問が一切なかったことは、遺族の悲しみをより深め、生徒が亡くなった原因の手がかりを見つけることへの取りかえしのつかない大きな障害にもなった。遺族にとって生涯忘れることのできない、辛く悲しみに満ちた長く厳しい1ヶ月になった。
この最初の学校側の連絡には、遺族が生徒の友人と個人レベルで接触できないようにする作為が感じられる。その後の「弔問絶対禁止」はその隠れた意図を鮮明にしていると思われる。
遺族の「そっとしておいてほしい」を逆手にとり調査サボタージュ
そう考えながら当ブログを書いていると、2024年5月1日、朝日新聞が横浜のいじめ事件の遺族弁護士の談話として次のような記事を掲載した。
「いじめ調査、なぜ時間がかかるのか 遺族の弁護士が語る「ねじれ」朝日新聞 2024.5.1
https://www.asahi.com/sp/articles/ASS4Z3VQJS4ZULOB01DM.html
――過去10年間に起きた児童・生徒の自殺41件のうち、外部の専門家を加えた詳細調査まで実施したのは3件のみです。市教委は主な理由として「遺族の意向」をあげています。
「我が子を失い、ほとんどの遺族は自責の念にかられます。そのようなとき、多くの場合が『今はそっとしておいて』とおっしゃいます。よくあるのが、その言葉を『調査は求めない』に置き換えてしまうパターンです。遺族の言葉尻を捉えていませんか」
( ――はインタビュアーの質問、「 」は弁護士の意見)
(ちなみに、操山高校事件の遺族は「そっとしておいてほしい」という言葉は使っていない。)
12年前の岡山のやり方が、全国の教育委員会の遺族封じ込めの手段として常用されているのか?まさか…もしそうなら、正気の沙汰ではない。
だが、事態はこの程度ではおさまらなかった…。
【関連報道資料 2024.5.25】
「傍聴ブロック」なき今、強制わいせつ罪に問われた元校長に判決
被害者の不信を強めた横浜市教委のやり方:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/329223
学校からPTAへも何ら情報提供なし。同校校長を巡る不審な動き。
同校のPTA関係者はどうだったか?
PTAは、深い失意を感じながら、学校からの新しい情報提供もなく、全く先が見えない状況に苦しんでいた。PTA会長が事件の詳細を知ったのは、事件発生の翌年、2013年2月の突然のメディア報道によってであった。
この報道により、学校と教委の見解が鮮明になった。教育委員会は「野球部指導と自殺の因果関係は分からない」との認識であり、学校は「監督を交代しても顧問のまま残っている」との対応であることを知り、遺族は強い衝撃を受けた。“遺族の要望があれば「第三者による調査」を検討”、ともあったが、なぜ最初からそのように調査しなかったのかも不明な内容であった。
繰り返すが、操山高校事件の遺族は「そっとしておいてほしい」などと依頼してはいない。だが当時の校長は、PTA会長に対して「遺族からは “そっとしておいてほしい” と言われているんだよ」と囁きつづけていたという。当時の役員は、「校長からそういわれると、私たちは何もできなくなりますからね。」と、このような “殺し文句” で遺族と切り離された半年間を悔やしそうに振り返る。
PTA会長と関係者はこれ以降、遺族と面談し、遺族に寄り添う姿勢を鮮明にした。2月には緊急保護者会が開催された。
緊急保護者会の議事録を改ざんした学校側
4月には、2月に開催された緊急保護者会の議事録が2か月遅れで学校側から開示された。
開示された議事録は当日の出席保護者に照会された。すると、学校に対する保護者の苦言・要望など学校側に不利な内容箇所は削除や修正がなされていることが判明。議事録の改ざんが明るみになった。学校自体がもはや「公正な機関」とは言えない。「自らの責任の回避を第一に考えている」としか言いようのないものであった。
事件発生の年度に、「文部科学大臣表彰」を受けた校長の怪。
そして、遺族関係者は、更に、不審な事実を知ることになる。
前年、つまり「自死事件の年の11月」に、操山高校の校長が、ある「表彰」を受けたとする新聞報道だ。その表彰の正式名称は“「平成24年度教育者表彰」(文部科学大臣表彰)”。
毎年、各県から数名の少数者が選ばれ、11月に文科省で表彰式が開催される。
数からいえば、校長の「叙勲」よりレアな表彰である。まさに厳選された優秀な校園長・教員のみが授与されるものだ。文科省が示す同賞の趣旨は以下。「文部科学省では、昭和34年から、国公私立学校(幼稚園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校)の校園長、教員を対象に、学校教育の振興に関して特に顕著な功績のあった方を称え、文部科学大臣表彰を行っています。」
(文部科学省ホームページ「令和5年度教育者表彰」よりhttps://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2023/20231130_2.html)
平成24年7月以降、真相解明は引き延ばされ、遺族はほんろうされた。そして、校長はその年の11月に見事に表彰を受けた。自死事件に関する報道が解禁されたのは、校長の表彰が確定したのち3ヶ月を経て、翌年平成25年の2月になってからだった。
パワハラ認定されても、関係者は謝罪せず
調査報告に9年弱も要するとは異常中の異常である。にしても、このような凄惨な事実を認めた報告書が提出されれば、問題は一気に解決に向かうはずだ。ところが、違うのである。ここからがこの事件の闇である。
9年弱後にようやく事実が明らかになった。
にもかかわらず加害者と加害関係者の態度は変わらない。
いや、実は、報告書が公開された翌年、2022年3月になって、S監督から「反省文」なるものが届いている。今度は「10年目の反省文」だ。
ところが、内容は実に空疎なものである。「思い出話」が語られる。要旨「報告書を受けて…指導方針が部員の重荷になっていたことを…初めて認識した。」から始まり、暴言を「声かけ」と言い直し、生徒を追い詰めた核心的な暴言には触れていない。後半は、要旨「周囲の環境が自分を止める能力をもたなかった」と責任の一端を外部環境に転嫁している。最後は「今では違う分野で生徒をサポートしている」と自らの新境地の活躍ぶりを遺族に披瀝する…。
私は「死なない」…?
あたかも、自死は、生徒の「受け止め方」にあるかのようもとれる表現だ。だが、事情をよく知らない者には、ひたすら謝っているようにも見えるのだ。
そして、最後は、「生徒の墓前で、死なないと誓いました」と締めくくるのである。S監督が「死ぬかも」といった「噂」は、自死事件発生当時から遺族・関係者にむけて吹聴されていたという。舌を巻かざるをえない。
なにより、8年間、謝罪を拒否し続けてきて、報告書が公表されて言い逃れができない状態になってから、すぐにではなく、1年おいて「反省」を出している。
校長、教委ぐるみで事件を隠蔽し続けた経過を知る遺族からは、白々しいごまかし、表面的なポーズに過ぎないと見破られたようだ。
真相が公開されたから体裁だけ取り繕うとしたのか? だが、遺族に納得されない「反省」は謝罪ではない。更に問題なのは、校長や教委が、それでは謝罪になっていないと諭す努力をしていないことだ。ここまでくると計画的に何らかの時間稼ぎをしているのか?と勘ぐってしまう。
国から「表彰」された岡大教授が後遺症封殺にまい進した森永事件
私は、この問題の推移を時折、被害関係者から耳にしていて、度外れた実態をにわかに信じられないでいた。だが、事実関係を知るにつれ、同じ遺族として、森永ヒ素ミルク中毒事件との相似形に気が付いた。
1955年、西日本を中心に全国規模で発生し13000人以上の赤ん坊のヒ素中毒被害を生んだ世界最大の食品公害で、被害者2,000人以上という最大の被害児を出したのが岡山県だ。なぜなら、加害企業・森永乳業が岡山県を試験営業の標的にし、メディア(には頻繁な広告出稿で)から医者までカネをばらまいていたからだ。森永の下請けで動いていた関係者が岡山県にいちばん多かったといえる。これは森永自身が社史で露骨に語る事実だ。行政が先頭にたって、出産後の母親に森永ミルクに切り替えさせる指導までしていた。森永から提供された金銭に群がりながら、1955年の事件発生時から被害児(赤ん坊)の後遺症圧殺に狂奔した岡山県行政(三木行治知事傘下)や岡山県衛生部長・大森氏、岡大医学部小児科の浜本英次教授、その配下の医師たちの罪は計り知れない。浜本英次教授は、食中毒通報をせず、1カ月近く「研究」をつづけてヒ素を発見し、時間を要した理由を「森永からの援助の存在」であったことを半ば認めつつ、「ヒ素第一発見」をもって厚生大臣から表彰された。その「表彰」で得た権威でもって、次なる段階、ヒ素飲用による後遺症追跡を封じ込める「治癒判定基準」を厚生省に答申し、迅速に許可され、全国の医師に、ヒ素飲用の小児を診ても「治癒判定」を行い、因果関係づけができないように縛る不正な診断基準としてまかり通る。森永は、事件発生自体には「謝罪」や「お詫び」を臆面もなく実行した。だが、後遺症の追跡、調査、治療という、まさに企業の本当の責任が問われる部分になると、国家機構を総動員し、被害者家族を全方位から包囲し、メディアを沈黙させて、孤立無援の状況に追い詰めた。
事件発生から14年間孤立無縁のなか救済運動をしていた岡山近辺の数家族の執念で、1969年にヒ素ミルクの後遺症被害の実態が再度明らかになった。しかし彼らは何ら反省も謝罪もしないどころか、真逆の対応をとった。
1万3千名を超える被害児の後遺症を封殺した医師を「そ知らぬ顔」して礼賛する
すでに14歳になっていた後遺症に苦しむ被害児とその親に対して、反省もなく再度、親たちの救済運動をつぶすべく、岡山で「後遺症なし」を宣言する「管制検診」を厚生省の指示(森永の要請)で強行しようとした。将来への展望を失くし服毒自殺や焼身自殺をする被害者も相次いだ。
長年月にわたり煮え湯を飲まさ続けていた被害者救済運動は、その痛みをバネに変えて闘いぬき、浜本英次氏につながる御用学者たちの策動を一時的には退けた。
しかし、策動した者たちは、いまもってなんら謝罪も反省もしていない。それどころか、彼らはその後、トントン拍子に岡山県政界で出世し、様々な組織の要職につき、今では地元紙から被害児を救った「名医」だなどと、御用学者に箔をつけるために岡山県が作り上げた文献を唯一のたよりにして「嘘」でもって礼賛されている始末だ。かつて森永から潤沢な広告出稿で利益供与された組織が、未だ反省もなく、むしろ1955年に先祖帰りし、最悪の人物を口を揃えて礼賛し、その礼賛は、同じく出世を遂げた御用学者の部下たちにより二重三重に補強されている。
このおぞましい姿を見せている森永事件と、この操山高校自死事件の経過は、内容は異なるが、ほとんど同じ構図を見せている。つまり岡山は、69年間なにも学んでいないのだ。
これ以上、沈黙するわけにはいかない。日本人は恥の文化だといわれるが、こと岡山県は「あらゆる面」で例外のようだ。
「和の精神」と「不正容認」は違う。不正に飼いならされるな
私は「和をもって尊しとする」を一概には否定しない。多少の行き違いから生まれた些細なトラブルは、ちゃんと話し合い、お互いに納得できる場合は、初期の感情を寛解させ相手を許すことも、時には必要だ。事実、連日、私たちはそういう「許し」を実行している。
だが、あきらかな人権侵害や殺人、パワハラ、セクハラ、性犯罪等、つまり社会的犯罪や、また、それを隠す政治工作をする勢力に対してこの精神で臨めば、卑劣な共犯者になるだけだ。
「不正行為をする者が、陰湿な手段を用いて、あらゆる方面から県民を欺き包囲し飼いならす」。このような岡山の悪しき慣習から、そろそろ県民は訣別する必要がありそうだ。この県立岡山操山高校自死事件に迅速かつ徹底的に発言をしてこなかった自身へも自戒を込めて告発したい。
更に書くべきことは、現在進行中のことについてだ…。
4月20日会合、岡山県教育委員会のお粗末な対応
つい先日、2024年4月20日(土)、ピュアリティまきびで、岡山県教委主催の自殺予防マニュアル策定の専門家むけ説明会が開催された。標題は「岡山県立岡山操山高校自殺事案に関する再発防止策に対する意見聴取」と仰々しい。操山生徒の自殺は既に発生し時計を逆回転することは無理だ。では操山自殺事件に関する再発防止策とはどういう意味か?よくわからない。この事件を教訓として「自死事件」の再発防止策を検討するという意味にとりたいと考えるが、そういう意味なのか?
だが直接オブザーバー参加してみて、そもそも題名の意味が曖昧模糊である理由がわかった。この会合には「心が」無いのだ。半ば欺瞞的で空疎なものだと感じた。
これまで遺族は「第三者再発防止検討・検証委員会」を設置し、再発防止策定を第三者にゆだねることを求めたが、却下され、“専門家からの意見を求めるが、県教委が再発防止策の策定を行う”形となっている。
開催日時が公開されない事実上の秘密会?
山陽新聞では、前日にこの県教委の取り組みが麗々しく報道され、あたかも操山高校自死事件を教訓に、県教委にて前向きな取り組みが進んでいるかのように宣伝された。だが、記事には、会合の開催場所と開始時間は記載されておらず、読者は、この会合へ参加するチャンスを初めから与えられていない。
マスコミには取材させるが県民には非公開…。この理屈では裁判の一般傍聴なども不要ということになりかねない。透明性確保の理念とは無縁だ。何より遺族の悲しみとの共有感覚から切り離される読者はかわいそうだ。
情報公開を軽視する県教委会合
会合は悲惨だった。あまりに狭い部屋で、県教委と有識者は、ゆうゆうスペースをとっているのに、傍聴席は事実上一列のみで、とても入れたものではない。報道陣に至ってはむろん、最初から入るスペースはなく、室外で三脚をたてて、どうしたものかと思案している。逆に報道陣が入れば、傍聴者は入れない。傍聴者には椅子さえ足りず、地べたに座るしかないありさま。
これに呆れたのだろう。傍聴者の初老の紳士がいきなり、「机うごかすよ!」と声をあげた。紳士はほんとに机を移動させ始めたので、他の傍聴者も一緒になって机を動かし始めた。あれよあれよという間に、部屋の入口の隅にぎゅうぎゅう詰めにされていた傍聴者が机を1m以上、奥の有識者席に向けて詰めていく。傍聴者は、報道陣にも「入って、入って」と勧め始めた。さらに、「椅子も足りない、持ってきて」と傍聴席から声があがる。配布資料も足りなかった。
ダラダラ説明で時間浪費
結局、当初の県教委の描いた室内レイアウトとは全く違う場所に10人以上の報道陣が入ってカメラを並べることができた次第だ。(傍聴席の机を動かしても報道陣までは入れなかった)
出だしから戯画的であり、県教委のやる気のなさ、密室主義に不信感が充満した。
進行も、素案の文面をダラダラと説明することに時間の大半を費やし、要旨、「本日は討議はしません」。お粗末すぎるというより、はじめから時間を浪費する運営。誠実で自信があるのなら、あらかじめ文書を広く公開周知し、参加者が、会議参加前に十分検討する時間を確保しておき、当日は要点のみ報告し、内外からの意見集約と熟議に時間をかけ、効率よく内容の深耕に力点を置くものだ。
現場教員を締め付けるだけの彌縫策
作為がむんむん感じられる進行。最後に県教委が有識者からだけ感想を聞く。
さすがの有識者からも、要旨「何をどう申し上げればいいか、わからないですね。」「校長の机の中にしまい込まれるだけのものにならないか?」「教師へチェック啓発等々負担を加える内容だが、私は現場教員の負担も知っている。それに比べて当の県教委さんの再発防止策が見当たらない。県教委さんの意識改革はどうなってるのですか?」と厳しい指摘。傍聴席からも「この説明内容で意見聴取なんて不可能じゃないのか…」。
ところが、ここから、更に驚きの展開であった…。
「意見は聞くが取捨選択する」?
有識者からの厳しい指摘の数々。だが、これに対する県教委の回答がふるっている。要旨「県教委がどうしたらよいのか…、わかりません。わかりませんから、教えて下さい。ただ、伺った意見は、最終的には県教委で取捨選択します」。
これから有識者の皆さんに意見聴取させていただくというのに、自分たちが受け入れられないものは捨てますよ、などとあらかじめ念押しするのは、とんでもない無礼な物言いである。
もっとも、仮に、有識者の意見をアリバイ作りでつまみ食いし権威付けのために利用するつもりなら、こういう物言いにも合点がいくが、果たしてそうなのだろうか?
猛省問われる「岡山県教委」
内容はさらに問題だ。というより手が混んでいる。
一度に大量の文書が提供されている。県教委はその要点を解説するというが、肝心な点を避けた。
そのほんの一例を紹介する。
12年前、操山高校では、調査と称して、加害者側の関係者(当時の校長から県教委まで)が一体となって様々な情報の隠匿や歪曲(情報操作)をして、問題の表面化を阻止すべくうごめいた。
遺族は、もし県教委が(今後あってはならないが)、パワハラ被害者が生まれたときの迅速かつ的確な対応と真相究明に努力をする気があるなら、「真相調査に加害者側の関係者を入れてはだめだ」と明瞭に主張している。これは公正中立であるべき調査活動が最低限備えるべき外観である。県教委の素案文書にはこのような遺族の当然の意見を、「一見採用している装い」でもって、実はあいまいにされている。
遺族意見を採用するふりをして骨抜き?
どうなっているかというと、「加害者のみ調査から外す」と矮小化しているのである。現状の素案では、加害者の「関係者」は、調査に参加(介入)できる。つまり12年前と同様に、責任者が、管理責任から逃れるための様々な工作が可能である。厳しい言い方をすればザルのシステムだ。
他方で、現場の教師に全責任をなすりつけて、管理者の言い訳を採用し「トカゲの尻尾切り」ができるようにしている。更に、いったい何が核心的な対策かわからないような、総花的でおせち料理みたいなメニューをみせ、表層的な策をてんこ盛りにしている。つまりは、びぼう策だ。
児童生徒へのパワハラ、「指導に名を借りた」精神的拷問を行うような異常な教師はそんなにたくさんはいない。むしろそれが発覚したときに学校と県教委がグルになって情報操作をし、管理者責任の回避に全力を注ぎ続けたことで加害者をも増長させた、その悪の相互作用が遺族をもっとも傷つけたのである。これを覆い隠して、県教委だけを免罪し、現場教員全員がパワハラ予備軍として教育委員会とは住む世界が違う人種のように管理対象にされている。この時点で、現場教職員はとことん馬鹿にされている、という見方もできる。
「真に防止すべきテーマ」が議論されているか?
県教委は、防止すべきは「生徒の自殺」なのだと主張している。一見、議論余地なしの素晴らしい主張だ。だがその内容が問題だ。本当にそれを実現したいなら、「禍は内より起こる」のことわざ通り、従来の県教委自身の姿勢が真に問い直されるべきであろう。
例えば「差別をしてはいけません」話法を繰り返しても一向に差別はなくならない。個人の意識改革は当然重要だが、それだけで解決できるたやすい問題ではない。差別やハラスメントといった人権侵害は、それを生み出す背景土壌が根強くある。加えて事案発生後も行為者や責任者を免罪し続ける様々な組織構造が存在する。この組織やシステムこそが、悲惨な事件を経ても、行為を拡大再生産する悪しき土壌になる。
したがって実際に発生した過去の厳しい教訓を真摯に振り返りながら、その負の要素をすべて洗い出し、その根源にまでさかのぼる必要がある。それは、被害者や遺族の声に徹底的に耳を傾け、その痛みをいかにして共有するかという自問自答を繰り返す人々がたくさん居るような、そういった社会の姿勢からしか生まれない。「火消し」を願望するのは、それと正反対の社会である。
第三者委員会の報告書でも明らかなように、防止すべきなのは、「教師による不適切な指導ならびに学校のガバナンス」であり「事案発生後の学校と教育委員会の不適切な対応」であろう。
傍聴した市民からは「パワハラの因果関係や管理者責任を曖昧にしたいという県教委の願望のようなものが、原因と結果をあいまいにしている。その結果、もっとも重要な操山高校事件の歴史的教訓が希薄化されてしまう。もしこれが意図的ならば、かなり悪質だ。」との感想も出されている。
管理者責任回避が隠れた目的か?
県教委が管理者の責任逃れを保障する方策を四苦八苦して作っているのなら、かなり問題だ。県教委の問題点の報告書を第三者委員会がつくる必要があるくらいだ。
この国は教育分野でこんな心のないことを続けながら、少子化が問題だという。子供を市場購買力としか考えていないのだろう。「管理者の、管理者による、管理者のための」システム構築に納税者の税金が消費され、納税者の子弟が犠牲になる。
遺族のあいさつの言葉(要旨)
「(事件発生後9年目にして製作されて第三者委員会による)調査報告書の発表後も、引き続き県教委は問題点に向き合うことなく、その責任をあいまいにしたまま、早期に幕引きを図ろうとする姿勢を崩さず、難航をきわめ、(調査報告の発表から)すでに三年が経過しております。その間、これまでずっと一緒に耐えてきた妻は病に倒れ、現在は、私一人になってしまいました。本日、県教委が策定した再発防止策案や、その案に対する私の意見が外部有識者に説明され、また多くの一般の方にも公開・共有されたことにつきましては、なによりも大きな前進であったというふうに感じております。今後は息子の事件について、より多くの方に関心を持っていただくと共に、バイアスのかからない外部有識者からの公正中立な意見を頂き、実効性のある再発防止策の策定が迅速に進むよう願っております」
遺族からの批判「今のやり方では必ず再発する」
遺族は、続けて次のように語った。
「今の案には具体的なことが全然反映されていません。そもそも、学校側や県教委にとっては積極的に取り組みたくない内容ですから、取り組みのスピードが遅いのは “常識的に理解” できます。今のままでは、同じ事案が必ず再発すると思います。私は、“外部有識者の意見を踏まえて県教委が再発防止策を策定する” というスタンス・仕組みには反対してきました。そもそも、“いつまでたっても自分たちの責任を見ない県教委” に適切な再発防止ができるでしょうか。私は、“第三者による再発防止策の検証委員会” を作って再発防止策を作っていただくようお願いしてきましたが、(それが退けられた結果)今回のような “外部有識者に意見をもとめて県教委が決定する” という仕組みに至りました。これをしぶしぶ受け入れているだけです。」
悪事がまかり通るところには、黙して語らぬ善人がいる
現状では、対策になっていないし、理不尽に苦しむ被害者家族が次々に生まれることだろう。事後の報道では、3社のみチェックしたが、この深刻な問題点にふれたものはなかった。(触れたメディアがあれば教えてほしい。)
県民は知る機会を奪われ、不正に満ちた痩せこけた地を、お花畑だと偽って、見世物芝居に興じさせられている。そして被害者がでるたびに、ひとりひとり孤立させられ、つぶされていくのである。加害者にも問いたい。この現状から逃げる人生、或いはそれに加担する人生、それが、そんなに心地よいのか?
だが、岡山県行政は県民に対して「見るな、聞くな、言うな」と言っているようだ。これが謝罪しない者たちへの「追い風」でなくてなんであろう。
犠牲者は天上で静かに見ているだけだ。おそらく、こう思っているだろう。「皆さん、それを本当に善だと思うのなら好きにしなさい。地上に生きる人々に様々に形を変えて災いするだけだ。自分と他者の幸せを望むなら正しい道を歩みなさい」。
県教委は自身の問題を直視せよ。
会合の翌週、火曜には、県教委がらみで、またこのようなニュースが流れた。
「岡山県の教育界には、もう後がない」盗撮、女子生徒にキス…相次ぐ教員の不祥事を受け緊急校長会議。(OHK 岡山放送)報道中、県教委のコメント:「(きょうの会議は)県教委が考えている危機感の共有が大きな目的。(不祥事を)起こさないことを念頭に置いてとりくんでいく」
いやいや、もっとも危機感がないのは、教育委員会そのものではないか?
不正と闘わない、万事について事なかれ主義の慢心しきった社会では、大草原に放たれた人間が稲妻により無差別に雷撃されるのと同じく、誰彼が脈絡なく不意打ちされて傷つけられる。さらに加害者は組織ぐるみで徒党を組み、何度も被害者と遺族を欺き、叩き、傷つけて、はばからない。
尊厳ある未来は人間の情念が創りあげる。
遺族は加害者らの「心」を見抜いている。それは、遺族が事実の経過を直視し続けて、誰よりも、「なぜ?」と問い続けているからだ。それは犠牲者への限りない追慕の念であり、それこそが社会を改善する唯一無二の人間の営みに他ならない。犠牲者の尊厳を掲げて真実を求め、血と汗と涙を流して抗い続ける良心の人々に、天は限りない祝福を送ってやまないだろう。だが、その尊厳は、ここ岡山の地では全く回復されていない。
犠牲者遺族の声にこそ、最大の注意を払って耳を傾ける努力が、当地には求められる。糊塗策でさらなる犠牲者が生み出され、その後も被害者・遺族が抑圧される事態の再来(既に他所で起こっているが)こそが、もっとも恐れるべきことだ。
以上
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©森永ヒ素ミルク中毒事件資料館
©Museum of Morinaga Arsenic Milk Poisoning Incident