1955年、森永乳業徳島工場で製造された乳児用粉ミルクに、ヒ素が混入しました。
1万3千人もの乳児が中毒被害を受け、命を失った人も事件直後の死亡乳児「131人」だけではありません。
その後、被害を受けた家族は、長い年月をかけて後遺症を追及し、救済を求めてきました。しかし、それは実現したのか、その検証は行われているのか。
ここでは、事件がどのように起こり、どのような被害をもたらし、その後どのような対応が行われてきたのかを紹介します。
まずは、この事件について知ることから始めてみてください。
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1.WHO [世界保健機関] 搾取的粉ミルクマーケティングの衝撃的レポート [1] [2] [3] / WHOが乳幼児食品業界に対し搾取的粉ミルクマーケティングの中止を要求 [1] 粉ミルクとタバコは、国際的な販売禁止の勧告がある唯一の二つの製品である [ 2 ] [3] / 2.United Nations University Press [国際連合大学出版] 技術と産業公害> 森永ヒ素ミルク中毒事件 [English Version] [1] /3.Report of Morinaga Arsenic Milk Poisoning Incident [English Version] [1] [2]
©森永ヒ素ミルク中毒事件資料館
©Museum of Morinaga Arsenic Milk Poisoning Incident