森永ヒ素ミルク中毒事件資料館
森永ヒ素ミルク中毒事件の
1955年、森永乳業の乳児用粉ミルクにある薬物が投与されていました。
腐敗寸前の原乳使用をごまかすために「安定剤」と称して投入された産業廃棄物由来の工業品「第二リン酸ソーダ」。通常は殺虫剤や洗剤に使われていたものです。
この薬剤に混入したヒ素によって、1万2千人を超える乳幼児が被害を受けました。事件から70年を経た現在も、多くの被害者が後遺症に苦しんでいます。亡くなった被害者も、事件直後に確認された「131人」にとどまりません。
しかし、この事件は長く「過去の食品事件」として扱われてきました。一方で、「被害者と森永乳業との協調の物語」が流布され、被害者の異議や声はかき消されてきました。
被害者救済のため国と合意された「恒久救済対策案」は、当初約束の事業の9割が放棄されたまま。なのに、なぜ、いまも「素晴らしい救済」が続いているかのように語られているのか。
森永ヒ素ミルク中毒事件資料館は、被害者と遺族の声、裁判記録、行政資料、報道などを通じて、事件の記録を保存し、「事件は良い方向に収束し続けている」と宣伝される過程で、何が語られ、何が語られないのかを問い直します。
過去を保存するだけでなく、いまなお残されている問いを、次の世代に手渡すための私設文書館です。
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